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05 2011

おまえうまそうだな

おまえうまそうだな [DVD]おまえうまそうだな [DVD]
(2011/02/04)
原田知世、加藤清史郎 他

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ある日、草食恐竜のマイアサウラのお母さんは、川に落ちていた卵を拾う。
卵から孵ったハートは仲間たちとは違う顔をしていた。
群れのボスはハートを肉食恐竜かもしれないと考え、踏み殺そうとする。
命懸けでハートを助けたお母さんは群れを離れ、ハートを育てることを決意する。
お母さんの実の息子であるライトとともに、ハートはすくすくと成長していく。
お母さん、そして本当の兄弟のように仲の良いハートとライト、
三人家族の幸せな生活はいつまでも続くかのように思われた。
草やどんぐりなどを食べることができないハートは、
唯一食べることのできる柔らかい木の実を探して、草原へと駆け出していた。
そこで「大顎(おおあご)」と呼ばれ、恐れられている肉食恐竜のティラノサウルス、
バクーやゴンザに出会い、自分が何者であるのか知る。
そして自分がお母さんやライトを食べてしまうのではないかという恐怖心から姿を消すのだった。
月日は流れ、子供だったハートは肉食恐竜ティラノサウルスとして立派に成長していた。
体を鍛え、獲物を捕らえる日々の中で、ハートはお母さんを思い出す。
なぜお母さんは種族の違う自分を育ててくれたのだろうか。
もしかしたら食べられてしまうかもしれないのに・・・。

そんなときハートは草原で卵を発見する。ハートが卵に近寄ると、
卵から草食恐竜のアンキロサウルスの赤ちゃんが転げ出てきた。
美味しそうな赤ちゃんを見て、ハート言う。
「おまえうまそうだな」
その声にハートを見上げたアンキロサウルスの赤ちゃんは、
目を輝かせてハートに飛びついた。
「お父さん!」
自分の名前をウマソウだと思った赤ちゃんは、ハートを父親だと思ったのだった。
ハートは戸惑いながらも、つぶらな瞳で自分を見つめるウマソウを息子として育て始めるのだが・・・。





紛れ込んでしまった卵を自分の子供のように育てるお母さん。
生まれてきた姿は自分の子供や仲間の子供たちとはもちろん違う。
でも自分の子供と同じように育てる。

人間でいえば、人種は違っても
同じ人間だから、差別なく・・・っていうこと。
そんなお話なのかなって思いました。

ハートはどうして肉食の自分を、お母さんは
命がけで育て守ってくれたんだろうって
いっぱい考えて、ウマソウと出会い一緒に過ごすうちに
そんな母の気持ちがわかってくる。

暖かいお話でした♪
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- 2 Comments

チーズ  

おまえうまそうだな その1

この映画のプロデュース側について、「人気絵本のネームバリューを使いたかったのか」
「原作者が絵本と違う物をって頼んだのを良い事に映画を単なるお涙頂戴物にしたかったのか」って事を突っ込みたいです。

http://mi-te.jp/contents/cafe/1-9-742/
原作者は絵本と違う物と頼んだけど、「絵本と違う物」って良い意味でも悪い意味にもなり得るのである意味範囲が広いです。

映画は勿論監督以下スタッフ側も色々口出ししたので彼等の意向もあるのは
間違いないのですが企画には関わってなかったかもしれませんねえ。
口出ししたと言ってもあくまでああいう企画の枠内でやっただけなのかもしれません。

映画の絵柄についても、監督に対しても単に「ポケモンみたいな絵柄にしてくれ」と頼んだ可能性もあります。寧ろ、そういう風な感じの映画にして欲しくてこの映画に監督を起用したのかもしれませんし。上辺だけの経歴で偏見で判断したとも考えられるかと思います。
もっとも絵柄だけではなく、内容面でも「この監督だったらこういう、ぬるま湯映画にぴったりだろう」という上辺だけの経歴で判断したのかもしれませんが。

http://photozou.jp/photo/photo_only/2860818/156276493
このアニメージュ2011年8月号のインタビューはこちらも読みましたが、
「映画全体を見る限りだと必ずしもインタビューで答えたスタッフの意向が全面に出ててないじゃん」と思いました。

本当にスタッフの意向が全面に出る映画は、例えそのスタッフの力量が足りなくてもそれっぽい形(スタッフの言う意図が形だけでも全面に出てたり)にはなりうなのですが。

それにしてもこれは女性を舐めてますね。単なる可愛いキャラでお涙頂戴物語を作れば良いと思っていたのでしょうか?


続く

2013/09/15 (Sun) 17:02 | EDIT | REPLY |   

チーズ  

おまえうまそうだな その2

「映画を単なるお涙頂戴物にしたかたったのか」と思った理由を詳しく書くとこうです。

■可愛いキャラ(キャラデザ)
既に描いた通りですが、キャラデザについては監督やった人間が「お母さんが色っぽいのも柳田さんのおかげですよね。お母さんが色っぽさは想定外」「丸っこいキャラだけど格好良いアクションをやる」的な言っていました。こういった意見しか知らないのですが、これだけだと本当に監督(下手すりゃキャラデザイナーも)の意向であのデザインになったのかどうかわかりませんね。

「本当はもっと違うデザインでやろうと思ってたけど
ポケモンみたいにしろと頼まれて仕方なくやった」という可能性だってあります。
「こんなキャラだけどアクションをやってやる」という意地とかで。

・・・おっと制作サイド中心の話になってしまいました。

■狙った感じのウルウル感
映画にはいかにも「ここ泣けるだろ」みたいなシーンやBGMとかもありました。
マイアサウラのお母さんの存在もそうです。

実は肝心の制作サイドからも「肉食だとわかっていながら平気で育てちゃう」と言い方もしてたので、制作サイドも多少なりとも呆れを感じてるのかと思いました。

浮世離れってのは良い意味で使われるとは限りませんので。
実際に、作中のを見る限りでは周りの足を引っ張ってばかりでしたねえ。

何食わぬ態度で草食の身内の事考えないで肉食の主人公を育てるし、その肉食の主人公にしても赤い実ばかり食わせる。


肉食のボスについて、ハートをお母さんが育てた件について聞いて「肉食は肉を食べないとダメだ。どうするつもりだったんだ?」と言われても反省もしないでちゃっかりする。

おまけに終盤になっても「ハートに対して一緒に暮らそうという」子離れの悪さを発揮する。

このマイアサウラのお母さんの存在も、「泣けるというお題を苦労していれつつも~」な部分なのかもしれませんが。


原作絵本も泣けると言われてるけど、原作絵本は結果的に泣けたという感じじゃないのかと思いました。
寧ろ映画の方がお涙頂戴を狙ってるのかと思ったくらいです。

「映画を単なるお涙頂戴物にしたかたったのか」って思ったのは、プロデュースサイドが「とにかく女の人が泣ける」と要望を出したらしいので気になりました。

そういった題目を苦労しながらも意識するなら、
どうしても多少なりともいかにも計算したお涙頂戴になるのではないのしょうか?(自然と結果的に泣けるとは違う)

それにこのテのうるうる系幼児映画ってのは、そういったいかにもなお涙頂戴物も多いんじゃないでしょうか?

ああいういかにもお涙頂戴のシーンは簡単に作れるので、技術の難易度自体は低かったと思いますよ。
このテの子供映画は無難に親子愛とか言っててうるうるBGMを流すだけですからチョロイ物ですね。一般映画とも違いますから。

もっとも「女性を馬鹿にしてるな。単なる可愛いキャラで狙ったお涙頂戴物語を作れば良いと思っていたのか?」と思いましたがね。

人気絵本をアニメ化映画化するとどうしても単なるお涙頂戴ブームになるのでしょうか。

2013/09/15 (Sun) 17:03 | EDIT | REPLY |   

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